【私のジャンルに神がいます】「おけけパワー中島」の正体とは?【同人女の感情】


昨今、Twitterでバズった漫画が出版社の目にとまり書籍化、という流れを見ることがあるかもしれない。真田つづるさん(@sanada_jp)の『私のジャンルに神がいます』もその流れを汲んでいる。

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あらすじ

憧憬、羨望、執着、嫉妬、愛…同人活動をする者達のほぼ全てがここにある。 類まれなる文章力で二次創作界に燦然と輝く天才字書き・綾城(あやしろ)。 同ジャンルの者達はその作品に焦がれ、打ちひしがれ、 彼女に馴れ馴れしくリプを飛ばす「おけけパワー中島」への憎悪をくすぶらせていくのであった……。

天才字書きをめぐる創作者たちの葛藤を綴った連作。

「私のジャンルに「神」がいます」 真田 つづる[コミックエッセイ] - KADOKAWA



物語の内容は、二次創作界隈で繰り広げられている日常を切り取ったものだ。この漫画がバズったのは、二次創作を日常的に楽しんでいる層(創作している側、読み専など)の共感性によるものだろう。

この漫画の数ある登場キャラクター、エピソードの中でも、とりわけ読者の琴線に触れた存在がある。概念、と言っていい。それが「おけけパワー中島」という人物だ。



Twitterのトレンドによく上がる「おけけパワー中島」ってなに?


この漫画の存在を知らず、Twitterのトレンドで初めてこの名前を目にした人は「お笑い芸人さんのペンネームか?」と思うかも知れない。

おけけパワー中島は真田つづるさん(@sanada_jp )の作品『私のジャンルに神がいます』(旧題:『同人女の感情』)の登場人物であり、彼女(性別は明記されてないが定義的に「彼女」とする)のペンネームである。


これが記念すべき第1話であり、おけけパワー中島も登場している。今後の話で幾度となく登場する彼女だが、他のキャラクターたちと違って一切顔や姿が出てこないのが特徴だ。


「おけパ」こと「おけけパワー中島」はどんな人物?


初登場時から一貫しているのが、「神字書き綾城さんの友人」というポジションである。「字書き」とは小説を書く人のことで、そこに「神」がついているから綾城さんはザックリ言えば「すごい小説を書く人」、そしておけけパワー中島はその友人というわけだ。

この漫画内の二次創作界隈で、綾城さんの影響は計り知れない。綾城さんの書く小説に色んな意味で狂わされてきた人間は数多くいる。しかし、その影響は大体のところ一方通行なのだ。綾城さんが他人に与える影響は多大なれど、綾城さんは他者と交流をあまり持たず「外」のことなど気にしていない風なのである。そんな綾城さんが唯一(と言っていいほど)耳を傾け、心を動かされるのが「おけけパワー中島」という存在だ。

第1話目では、SNSのやり取りで綾城さんと親しい間柄であることを示したおけけパワー中島。このとき、読者はまだおけけパワー中島を「神字書きが交流する数少ない人間のひとり」という認識を持ったくらいだろう。


おそらく、読者の心にある種の火をつけたのがこの第2話目だ。

生きていれば、次々と新しい漫画や小説、ゲーム、コンテンツが発表されていくことだろう。人の心をずっとひとつの場所へとどめておくのは難しい。神字書きといえどそれは同じだ。神字書きのファンが恐れていることは、神字書きの作品をもっと読みたいのに神字書きが「ジャンル移動」してしまうことだ。ジャンル移動とは、今書いているコンテンツの二次創作を離れ、別コンテンツの二次創作を始めること。つまり、神字書きがジャンル移動してしまえば、自分の好きなジャンルの新作の望みが薄くなることとほぼ同義である。

この第2話目は、綾城さんがジャンル移動してしまう話。そして、綾城さんがジャンル移動するキッカケになったのがおけけパワー中島の布教だと言う。それだけならばまだ良いだろう。神字書きも趣味で二次創作をやっているのだし、あれを書けこれを書けと他人が指図していいものではない。しかし、綾城さんがジャンル移動したことに対するおけけパワー中島のコメントはコレだった。

「綾城さん硬派だからソシャゲジャンルハマってくれるか不安だったけどダメもとで布教してよかった~。綾城さんファンのktgクラスタは私に感謝してもええんやで」

綾城さんを失って悲しみに暮れている前ジャンルの人間に火を放つ一言である。綾城さんが移動した先のktgというジャンルが好きな人間にも「なんでそんなに偉そうなの?」と火を放つ一言である。

こういう物言いをする人間は実際にいるし、読者は「あぁ、おけけパワー中島ってそういう人間なんだな」という印象を受けたことだろう。しかし、第3話、第4話目で読者は困惑することになるのだ。


昔に流行ったジャンルにハマってしまった今回の語り手の女性は、「虚崎」さんという字書きの作品にハマってしまう。そしてほぼほぼネットストーカーと呼ばれても仕方ない方法で「虚崎」さんが現在は「綾城」さんというペンネームで活動していることを突き止めた。そしてイベントで綾城さんに話しかけ、「7年前にあなたが出した本が欲しいです」とお願いしたものの、綾城さんは「もうデータすら残っていない」と言う……というのが第3話、第4話の内容だ。

ここで、おけけパワー中島が出てくる。なんと彼女は綾城さんが虚崎さんだった頃から親交があり、その7年前の本も持っていると言うのだ。そして、その本をスキャンして語り手ちゃんに送ってくれると言う。

おけけパワー中島……お前は神だったのか……?

前話でおけけパワー中島に不快感を抱いていた人は、「おけけパワー中島って根は良い人なんじゃ……」と思ったに違いない。「綾城さんと仲良しアピールかよ」と思われていた諸々の発言も、7年前から2人の交流があり、かつ、7年前の本(しかもコピー本)を大事に所持していることから、あれは仲良しアピールなどではなく、実際に親友と呼べるような仲であったことが分かる。理解る。そして次の話で、読者はさらに困惑するのだ。



「覇権ジャンル」という言葉が存在するように、二次創作の世界にも「人気」や「マイナー」の概念が存在する。この第5話、第6話では、「たまき」という女性が初めて二次創作をサイトに投稿する様子が描かれており、そのたまきがハマったジャンルがマイナーだったのだ。検索しても0件の前人未踏のジャンルである。

そんなたまきが様々な挫折、努力を経て4ヶ月後、小説を完成させた。たまきは元々読み専だったため、彼女に固定の読者はいない。しかも前人未踏のジャンル。けれど小説をアップした翌朝、ブックマークがひとつ付いていたのだ。そのひとつはなんと「おけけパワー中島」がつけたものだった。ご丁寧にSNSへ感想までアップしている。

おけけパワー中島……もしかして聖人……?

こうしてたまきの努力は報われた。もしかすると、おけけパワー中島のおかげで彼女はこれから字書きとして本格的に活動を始めるかもしれないのだ。

ここまでくると、読者もおけけパワー中島の印象を改めるだろう。もしかして、おけけパワー中島は「悪気はないけど天然な発言で一部の層を凍りつかせてしまう何とも言えない厄介な人種」なのでは?と。



おけけパワー中島は、ある人にとっては嫉妬や憎悪の向かう矛先であり、ある人にとっては救済者なのだ。ちょっとお調子者なだけで悪い人間ではない……と思う。たぶん。


いや、やっぱり嫌なやつかもしれない。(「心当たり50人くらいいるな~」とアンソロジーの後書き)


綾城さんの友人で長いこと字書きをやっている、くらいの情報しか出ていなかったおけけパワー中島だが、この話で職業が判明した……かもしれない。何せ「におわせ」程度なのだ。

今回の語り手である「むぎ」さんは、過疎ジャンルとなりつつある「バトコア」で字書きをやっている。長らくジャンルの中に自分しかいなかったある日、「みつば」さんという新しい書き手さんが現れた。最初は喜んでいたむぎさんだが、次第にみつばさんの方が人気となり嫉妬し、落ち込んでしまう。そこでむぎさんが出会ったのが、おけけパワー中島ではないかと言われているネイリストだ。つまり、おけけパワー中島の職業はネイリストかもしれない、という新たな情報が追加された。(そういえばそれが事実だとしたらおけけパワー中島はまた誰かを救ったことになる)



「おけパ」が同人界隈の心をザワつかせたワケ


おけけパワー中島がどういった人物か、なんとなく分かってくれたことだろう。これだけ情報が限られたキャラクターにも関わらず「ネット流行語100」にもランクインしたおけけパワー中島。おそらく、読者に心当たりがあったのではないだろうか。

「友達の友達にこういう人がいてさ……何て言えばいいんだろう、悪い人じゃないと思うんだけど言動がちょっと『ん?』ってなるときがあって……」という存在を、おけけパワー中島は言語化することに成功したのだ。

togetter.com


おけけパワー中島という概念は、一方では嫌煙され、一方では救世主として扱われる。つまり、「あの人っておけパみたいだよね」ならともかく、「おけパって私じゃん」「私、おけパみたいな人になりたいんだよね」という言葉を無闇やたらに振りかざすのは危険だということだ。

同人という文化の「あるある」を愛憎たっぷりに表現し、おけけパワー中島というモンスターを生み出してくれた真田さんには感謝の念しかない。『私のジャンルに神がいます』の続編も期待して待とう。